インテリアは生活そのもの・・・であるべき
近年のインテリアブームは私としても大歓迎。テレビでもワイドショーのひとつのコーナーとして1日に何度も放送されたり、リフォームなどはひとつの番組として十分成り立っている。スカイパーフェクTVでは「リフォームチャンネル」もできてしまったほど。その中でも、番組中で依頼を募って、インテリアの専門家が生活感たっぷりの家に大胆なメスを入れ、同じ部屋とは思えないコーディネートで、それに感動した奥さんが涙を流す・・・というパターンがすっかり定番になってしまった。なるほどこれは良くなったと思うインテリアも多いが、中には「こりゃそば屋みたいだ」とか「洋風居酒屋か?」と思うような、なんというか、地に足のついていないコーディネートも見受けられるのが気になる。
住む人の生活と一致していないインテリアは気持ちが悪いものだ。きれいな生活感のないインテリアより、こたつの周りにものが散乱していた方が落ち着く人も多い。しかしインテリアが生活を変えることも事実。ちょっと背伸びしたインテリアは気持ちが変わり、生活もワンランクアップする。これを続けることが大事なのである。部屋の中の、今まで気にもとめてなかったものに注目する。それにこだわってみる。するとその隣のものが気になってくる。そうしてるうちに部屋全体のものに意識が行くようになる。いらないものが見えてくる。掃除するようになる。料理するようになる。どういう生活をしたいかが見えてくる。インテリアは生活そのものなのだ。汚い部屋を「生活感たっぷり」と表現したが、インテリアは生活感があるべきなのだ。生活感のない部屋でも、生活感のない生活?をしている人が住んでいるのと、そうでない人が住んでいるのとでは、見ればすぐにわかってしまう。また最近はスタイルにこだわる人も多いが、部屋の隅々まで意識が行っているインテリアはモダンでも、シンプルでも、カントリーでも・・・スタイルを問わず気持ちがいいものである。重要なのは「意識」がどこまで高まっているか?だ。